受託開発会社のエンジニアだった頃、独立は“その延長線上”にあった

田代

本日はお時間をいただき、ありがとうございます。まずは、独立された頃のことから伺えますでしょうか。

明田氏

元々、私は受託開発を中心に行うソフトウェア会社でSES(派遣受託契約のシステムエンジニア)として働いていたんですよ。

田代

大学を出てすぐくらいのタイミングですか?

明田氏

実は大学はほとんど行ってないんですよ。途中で辞めちゃったんで(笑)。
アルバイトを始めたのが20歳か21歳ぐらいで、そこから縁があって、IT業界に転身しました。

田代

最初から経営者になろう、という感覚ではなかったんですね。

明田氏

全然ないですね。少なくとも今みたいな形を最初から描いていたわけではないです。当時は目の前にある仕事をやる、という感じでした。
仕事自体は好きだったんです。ただ、派遣という立場だったので、構造的に間には何社か入っていて、最終的な自分の手取りは15万円ぐらい、という状況でした。
もちろん、当時の自分にすべての価値があるとは思ってませんでしたが、それでも、「仕事は好きなのに、この先ここで続けていくのは難しいな」という感覚はありましたね。残業代もつかなかったですし。

田代

好きな仕事ではあるけれど、このままでは続けにくい。その現実感が大きかったわけですね。

明田氏

そうですね。
たぶん、すごくきれいな起業の話ではないと思うんですけど、でも、現実としてはそういう感じでした。

田代

独立以外の道も考えていらっしゃったんですか。

明田氏

ありました。
ちょうどその頃、アメリカに行く話があったんです。たまたま知り合った開発会社の社長がアメリカにいて、その会社にお世話になろうかなと。
アメリカはシリコンバレーのようなIT最先端に触れられる場所というイメージがあって、話はかなり具体的に進んでたんですよ。

ただ、いざ辞めるという話をした時に、派遣先の会社の方から「直接契約でもいいから残ってほしい」と言われたんです。
そこで、自分の中で天秤にかけました。アメリカに行って、語学を身に付けながら技術を磨くのか。それとも、手取り15万円の生活から、直接契約で月60万円になる道を選ぶのか。

田代

かなり大きな分岐点ですね。

明田氏

当時はやっぱり60万円は大きかったです。
2003年頃ですから、大卒初任給だって今よりずっと低い時代でしたし、仕事自体は好きだったので、「これはこれで一つのチャンスかな」と思って、結局、独立の方を選びましたね。

田代

独立してからの採用はどうされていたんですか。

明田氏

社員が1人か2人ぐらいでも、当時はハローワークで求人を出すと、かなり多くの応募があったんです。
うちのような小さい会社だと、応募してくるのは学生というよりは、失業保険を受けながらITの職業訓練を受けていて「未経験ですが挑戦したい」という方が多かったです。なので、いわゆる””人で採る””という形でした。スキルというよりも、人柄を重視していました。

田代

その頃に入った方は、今もいらっしゃるんですか。

明田氏

最初の社員は今も在籍しています。会社が小さかった頃からずっと一緒に働いてきたので、感慨深いですね。

アメリカへの憧れは今もある。ただ、海外に出るならアジアなのかもしれない

田代

もし独立せずに、アメリカに行くという選択をしていたら、今とはかなり違う景色になっていたかもしれませんね。

明田氏

かなり違ったと思います。
ただ、向こうに行ったとしても、まずは技術を身につけなきゃいけなかったですし、大学で専門的な勉強をしたわけでもなかったので、語学も含めて、かなり努力しなきゃいけなかったと思います。
どうなってたかは正直分からないですね。

田代

アメリカへの思い自体は、今もどこかにあるんですか。

明田氏

ありますね。
会社としてアメリカに進出できたら一番いいとは思います。ただ、それは個人の希望だけでやるべきことではないので、簡単には言えないですね。

実は、2008年か2009年くらいの話なんですが、ホームページを管理するCMSを商品として作っていて、それをアメリカで販売してみようと考え、現地に会社を作ったことはあるんです。ただ、やっぱり簡単ではなかったですね。
会社自体は作ったものの、なかなか事業として動かすことができず、最終的には閉じることになりましたね。
ただ、当時出会ったシリコンバレーのエンジニアたちとは今でも交流していて、その経験は経営や製品開発に役立っています。

田代

実際にやってみたからこそ、今は見え方も変わっているということですね。

明田氏

そうですね。ビジネスとして考えるなら、アジアの方が現実的なのではないかなと感じています。
やはり文化の違いが大きいと、何に困っていて、どんなものが必要とされているのかを捉えづらいんですよね。
トビラシステムズはメーカーとして製品を作っていきたい会社なので、その感覚が遠いと難しいと感じます。
一方で、アジアにはちょっと近さがあります。文化的な面もあるかと思いますし、気候も含めて、感覚としては比較的近いですね。

田代

それでも、アメリカに惹かれる部分は残っているのでしょうか。

明田氏

ありますね。個人的にはアメリカの音楽や映画といった文化が好きですし、細かいことをあまり気にしない空気感にも魅力を感じます。
日本は、良くも悪くも繊細な国だと思います。