リーマンショックがすべてを変えた
田代
当時は会社も順調に成長していましたが、その直後にリーマンショックが起こります。
経営環境はどのように変わったのでしょうか。
杉本氏
本当に一瞬でした。前日まで「当たり前」に動いていた不動産市場が、一夜にして止まった感覚でした。
金融機関の融資姿勢も一気に変わりましたし、売れると思っていた物件も売れなくなりました。バブル崩壊当時を経験した先輩方も、「今回は崩壊のスピードが違う」と仰っていましたし、「昨日までの常識が、今日は通用しない。」そんな状況でした。
田代
それまで右肩上がりだった会社が、一瞬で止まる。その現実を受け入れるのは簡単ではなかったのではないでしょうか。
杉本氏
そうですね。
正直、どこかで「何とかなる」と思っていましたが、この考え自体が甘かったんです。
会社は成長していましたし、「自分たちは大丈夫だ」という慢心が、どこかにあったんだと思います。
リーマンショックは、その考えを根本から覆しました。
田代
最終的に民事再生という決断をされます。
その時は、どのようなお気持ちだったのでしょうか。
杉本氏
本当に苦しかったですね。
社員、お客様、取引先……本当に多くの方に迷惑をかけてしまいました。それが経営者として一番つらかったですね。
「自分の判断が間違っていた。」この現実を受け入れるまでには時間がかかりました。
田代
経営者として、ご自身を責められたのではないですか。
杉本氏
当然、責めました。
全部、自分の責任です。外部環境のせいにすることもできます。
でも、それを言い始めたら経営者ではありません。
もっと違う判断ができたかもしれない。
もっとリスクを考えられたかもしれない。
こうした問いを、自分に何度も繰り返しました。
「経営は感覚ではできない」100ページの反省ノートと10か月の修業
田代
民事再生を経験されて、ご自身の中で反省されたことは何だったのでしょうか。
杉本氏
いろいろあります。
でも、一番大きかったのは、自分にファイナンスの知識がなかったことです。
上場して1年数か月後にリーマンショックが来ました。次の年には売上600億円を目指していましたが、そこを直撃されました。

自己資本は40数億円しかありませんでした。それにもかかわらず、売上は400億円規模まで拡大し、社員は約500人に増えていました。
会社を急成長させていたところに、マーケットの急変が重なりました。
もちろん外部環境もありましたが、最終的には経営者である自分の責任です。多くの方々にご迷惑をおかけしましたし、「なぜ失敗したのか」を徹底的に考えました。
田代
その時に、100ページに及ぶ反省ノートを書かれたそうですね。
杉本氏
はい。
モレスキンのノートに、自分が失敗した理由を書き続けました。100ページ近くになるまで、手が止まることはありませんでした。
「なぜ判断を間違えたのか」
「何が足りなかったのか」
「ファイナンスの知識がなかった」
「資本市場を理解していなかった」
そういったことを全部書き出しました。今でもそのノートは自宅に置いてあります。
田代
書いて終わりではなく、その後、実際に学び直されたのですね。
杉本氏
そうです。
ご縁のあった投資・ファイナンスの実務に精通した方にお願いして、約10か月間、株式投資やファイナンスを徹底的に学びました。
「自分は金融市場を理解していなかったから、マーケットに負けた。だから一から教えてください。」
そうお願いしたところ、「いいぞ」と言っていただきました。
田代
かなり厳しい指導だったそうですね。
杉本氏
本当に厳しかったですね(笑)。
「この会社に投資する。今からバランスシートを調べてこい。」
「損益計算書も全部見てこい。」
「関東圏にあるアセットも全部調べてこい。」
そう言われて、朝から晩まで調べるんです。
会議になると、
「杉本、この会社に投資するか。」
「棚卸資産はいくらだ。」
と聞かれる。
例えば「187億円です」と答えても、百万円単位まで正確に答えられないと怒られるんです。
「経営者は、数字を理解して初めて正しい意思決定ができる。」
そう何度も叱られました。
田代
まさにファイナンスの現場で鍛え直されたわけですね。
杉本氏
そうですね。
でも、その10か月で経営に対する考え方が180度変わりました。それまでは、「事業を伸ばすこと」が経営だと思っていましたが、事業を伸ばすだけでは会社は守れません。
資本政策、財務、マーケットとの対話も全て理解して初めて、本当の経営なんだということを学びました。
田代
その経験が、現在のシーラホールディングスの経営にも生きているのでしょうか。
杉本氏
間違いなく生きています。
会社を大きくすることだけを目指すのではなく、どんな環境でも生き残れる会社をつくる。この考え方は、この時に身に付きました。
リーマンショックは人生最大の挫折でした。でも、経営者として最も成長できた時間でもありました。
信用を取り戻す、藤田晋氏がくれた「もう一度」のチャンス
田代
ファイナンスを学ばれても、不動産会社は資金がなければ事業を拡大できません。その点は、どのように乗り越えられたのでしょうか。
杉本氏
おっしゃる通りです。
デベロッパーは、どれだけ良い物件を見つけても、お金がなければ買えません。不動産会社は、資金を集められなければ事業を伸ばせません。
その時に、本当に力になってくださったのが、サイバーエージェント(4751)の藤田晋さんでした。
外部の方で最初に支えてくださった一人です。
田代
藤田さんとは、以前からお付き合いがあったのでしょうか。
杉本氏
はい。
民事再生をする前から、株主として応援してくださっていました。リーマンショックで上場廃止になる時も相談に行きました。
その時は、「もうこの会社は難しいんじゃないか。」という率直なお話もいただきました。
それでも最後まで株を売らずに持ち続けてくださったんです。そのことは、本当にありがたかったですね。
田代
再スタートを切る時は、どのようにお願いされたのでしょうか。
杉本氏
自分の思いを包み隠さず書きました。かなりの長文でしたね(笑)。

「もう一度挑戦したい。」
「今度は同じ失敗はしない。」
そんな思いを全部書いて送りました。
ご迷惑をおかけしただけではなく、経営者として、一度失敗した人間です。簡単に信用してもらえるとは思っていませんでした。
今思えば本当に図々しい話ですが、それでも、自分の思いだけは伝えようと思いました。
田代
一度失敗した経営者を、もう一度信じてもらうのは簡単ではなかったと思います。
杉本氏
そうですね。藤田さんの後にも、何名かの投資家や金融機関を回りましたが、もちろん、思いだけでは通じません。
「この数年間で学んだこと」
「ファイナンスを一から勉強したこと」
「経営を見直したこと」
そういった積み重ねも見ていただけたのだと思います。
だから私は、「資金を集める」というより、「信用を集める」ことの方が大事だと思っています。
信用があれば、人も、お金も、最後には集まってきます。逆に信用を失えば、どれだけ事業が伸びていても、一瞬で崩れてしまいます。民事再生で、身をもって学びました。
田代
リーマンショックを経験されたからこそ、「信用」という言葉の重みも違いますね。
杉本氏
本当にそう思います。
会社の数字はもちろん大事です。でも最後に人が見ているのは、「この人なら、もう一度任せてもいい。」と思えるかどうかなんです。
そこが経営者として、一番問われているところだと思っています。
