社長になるなんて、一ミリも思っていなかった
田代
1993年に入社され、2024年に代表取締役社長へ就任されています。
入社当時から、「いつか社長になる」という大望はお持ちだったのでしょうか。
濵野氏
一ミリもありませんでした。
本当に考えたこともありません。
社長になる直前まで、「自分が社長になる」という意識は全くありませんでした。
田代
では、いつ頃から意識されるようになったのでしょうか。
濵野氏
2024年1月の終わり頃だったと思います。
前社長から「ちょっと来い」と呼ばれましてね。
そこで、「バトンをお前に渡そうと思っている。」そう言われました。
それまで何も聞いていませんでした。
田代
「少し考えておいてくれ」という相談ではなく、ほぼ決定事項として伝えられたのですね。
濵野氏
そうですね。
もちろん、社内では以前から議論があったのだと思います。ただ、私は知りませんでした。
飲み会で、「次の社長はお前やろ。」なんて言われたことはあります。でも、お酒の席ですから(笑)。

「そんなわけあるかい。」そう返していました。
「ドッキリかもしれない」と思った。
田代
正式に社長就任を告げられた時は、率直にどんなお気持ちでしたか。
濵野氏
もちろん、うれしかったです。
ただ、それ以上に、急に重たくなりました。責任ですよね。
田代
ご家族には、すぐに伝えられたのでしょうか。
濵野氏
いや、それが一カ月くらい誰にも言いませんでした(笑)。
「ドッキリかもしれない。」本当にそう思ったんです。
正式に決まるのは株主総会ですから、それまでは黙っていようと。
親にも話しませんでした。
でも、日本経済新聞の人事欄に写真が載りましてね。
それを見た高校時代の友人から、「これ濵野やん。」って連絡が来ました。
中には、私がコンドーテックで働いていることさえ知らない友人もいました(笑)。
田代
グループLINEでも話題になったそうですね。
濵野氏
そうなんです。
30年以上会っていない友人もいました。
「社長になったんやったら、一回集まろう。」そんな話になりましてね。
20年、30年ぶりに再会した友人もいました。社長になったことで、昔のご縁が戻ってきた。そんな出来事でもありました。
営業という仕事は、新しい縁をつくる仕事だ。一方で、この出来事は、昔の縁が戻ってくるという、少し不思議な経験でしたね。
社長になって見えてきた景色
田代
社長に就任されて約2年になります。社長という立場になって、一番変わったことは何でしょうか。
濵野氏
まだ社長になって2年ですから、「社長とはこういうものだ」と語れるほどではありません。
正直なところ、「厳しい」と感じる瞬間も、まだ鈍感なのかもしれません(笑)。
それよりも、うれしいと感じる瞬間の方が多いですね。
特に印象に残っているのは、新社屋の完成イベントです。
全国から社員が大阪に集まりました。一人ひとりの笑顔を見て、「こんな素晴らしい会社の社長をさせてもらっているんだ」と、本当に幸せな気持ちになりました。
あの新社屋は、私一人がつくったものではありません。
社員一人ひとりが頑張ってくれた結果であり、その努力の結晶だと思っています。
田代
営業本部長時代と比べて、物事の見え方も変わりましたか。
濵野氏
大きく変わりました。
営業の頃は、どうしても営業という視点で会社を見ていました。
でも社長になると、営業だけでは会社は成り立たないことを改めて実感します。

製造があり、物流があり、管理部門がある。それぞれが力を発揮し、お互いにつながることで、お客様からの信頼につながっていく。
今は会社全体を見ながら、「どうすればそれぞれの力をもっと引き出せるか」を考える時間が増えました。
田代
単身赴任も経験されています。
その経験が今の経営にも生きていますか。
濵野氏
広島へ単身赴任した時ですね。
人生で初めての単身赴任でした。
最初は本当にホームシックになりました。毎週末、大阪へ帰っていましたから(笑)。
でも、それではさすがにお金も掛かりますし、家族からも「毎週帰ってきたら大変やで」とブレーキを掛けられました。
今となっては笑い話ですが、その経験があるからこそ、単身赴任者の苦労はよく分かります。
社長になってから、管理部門にも相談し、少しでも単身赴任者が働きやすい制度へ改善できるよう取り組みました。
自分が経験したことだからこそ、分かることがあります。
