株の話ができる友達がいなかった
田代
Kabu Berryは今年で20周年ということで、改めておめでとうございます。
まずは、Kabu Berryを始めたきっかけから伺えますでしょうか。
yama氏
ありがとうございます。
自分自身、2005年頃、ホリエモンなどが話題になっていた時期に、「株って面白いのかな」と思って株を始めたんです。
ただ、株を始めても、株のことを話せる友達がいなかったんですね。そこで、株の友達が欲しいなと思っていた時、当時mixiが流行っていて。mixiでイベントトピックを見ていたら、東京の株オフ会と大阪の株オフ会があったんですよ。
田代
当時、東京と大阪には株オフ会があったんですね。
yama氏
はい。でも名古屋にはなかったんです。
田代
中間地点がなかった。
yama氏
そうです。だったらやっちゃえ、という感じで始めたのがきっかけです。
田代
ただ、その時は何か土台があったわけではなく、お一人で「やるぞ」と始めたわけですよね。
yama氏
そうですね。
ここは多分、自分の社会人経験の話にもつながってくるんですが、私が就職した時期はいわゆる就職氷河期で、仕事に就いたとしても、残業時間など労働環境はかなり厳しい時代でした。
その結果、大学時代の友達とも疎遠になっていったんです。

大学なら部活やサークルに入るとか、何かしらコミュニティに入るきっかけがあるじゃないですか。でも社会人になると、それが自然には生まれない。もちろん会社にもコミュニティはありますが仕事がメインです。仕事のコミュニティだけで一生終えるのは違うなと思ったんです。
仕事のコミュニティ以外のコミュニティが自分には必要だと思いました。
「福山雅治か、福山雅治じゃないか」
田代
そこで、自分でコミュニティを作ろうという発想になったんですね。
yama氏
はい。今でも覚えているのですけど、社会人1年目を経過した2004年に、ふと思ったことがあるんです。
世の中の男性は2種類だなと。
田代
2種類ですか。
yama氏
福山雅治か、福山雅治じゃないか。
田代
ものすごい極論ですね(笑)。
yama氏
本当に極論です。
福山雅治さんって、今でもめちゃくちゃかっこいいじゃないですか。当時も、もちろんすごくかっこよかった。そういう人には、何もしなくてもいろんなお誘いが来ると思ったんです。
でも、自分は福山雅治じゃない。待っていても、誘いなんて来るわけがない。
当然、福山雅治さんも、ものすごく努力されている方ですし、ぼーっとしているわけがないんですけど、当時の自分はこう考えたんです。
だったら、待っていても仕方ないので、自分で企画しないとダメだなと。それで2004年ぐらいから、友達とバーベキューに行ったり、旅行に行ったりする会を、2カ月に1回ぐらい自分で企画するようになりました。最初は3人、4人だったんですが、2、3年続けているうちに、友達が友達を呼んで40人ぐらい集まるようになったんです。
田代
その頃から「人が集まる仕組み」はできていたわけですね。
yama氏
そうですね。
私は福山雅治じゃない人なので、自分で企画するしかない。株に関しても、同じように「誘われるのを待っていても仕方ない」と思ったんです。
今思えば、かなり勢いだけなんですけど、そういう性格だったので、株が下手なのに始めてしまいました。
最初はmixi経由で15人
田代
最初はmixiのつながりだったんですね。
yama氏
そうです。当時はmixiぐらいしかありませんでしたね。
田代
一番最初の勉強会は、何人ぐらい集まったんですか。
yama氏
15人ぐらいだったと思います。
田代
1回目から結構集まったんですね。
yama氏
そうですね。そこから30人ぐらいの時代があって、40人ぐらいになって、70人、2008年のリーマンショック前には100人近くまでいきました。
田代
当時のテーマは、基本的には株の話ですか。
yama氏
基本は株の話です。ただ、今とほとんどやっていることは変わらないですね。
例えば、成長株について話したい人はこちらのテーブル、デイトレの方はこちら、長期投資の方はこちら、というように投資手法別で分ける。あるいは投資頻度で席替えをする。そういうことを何回かやっていました。
それに加えて、著名な個人投資家さんに講演していただくこともありました。今思うと、なぜ出てくれたんだろうという方ばかりです。ぱりてきさすさんや、なごちょうさんなどにも来ていただきました。
田代
その時点では、IRイベントというより投資家コミュニティだった。
yama氏
そうですね。
その時はまだIRイベントという意識はほとんどありませんでした。
酔っ払いのおじさんに「ブログを書け」と怒られた
田代
そこから、企業IRイベントのような形に変わっていったのは、いつ頃だったのでしょうか。
yama氏
最初に企業さんに出ていただいたのは、2015年12月です。ただ、それもきっかけは少し変なんです。
2013年の年末あたりに開催した二次会で、名前も知らない酔っ払ったおじさんから怒られたんです。
「yamaさん、ホームページがつまらない。どうにかしてほしい。ブログを書け。優待生活のrikaさんを見なさい。毎日、優待の写真を上げているじゃないか」と。
田代
かなり具体的なアドバイスですね(笑)。
yama氏
そうなんです。
でも、確かに当時は3カ月に1回イベントをやっていたので、ホームページも3カ月に1回しか更新されないわけです。「それはつまらない」と言われれば、その通りでした。

一方で、当時は本当にお金がありませんでした。結婚した時もほとんど無一文に近くて、いろいろと大変だったんです。優待株を買って優待生活のブログを書くといっても、そんなにたくさん買えるわけではない。
だったら、ひとまず1銘柄ずつ企業研究のブログを書こうと思いました。
通勤時間の1時間で1つブログを書く。1日1本ぐらいのペースで書いていました。
田代
それが企業IRにつながっていくんですね。
yama氏
そうです。
そのブログを企業の方が見てくださって、「こういう投資家の集まりがあるのを初めて知りました。そこでIRをさせてください」と言ってくださった。
