相手によって答えが変わる――「保険」に感じた面白さ

田代 
そもそも勝本社長が保険業界に入ったのは、どのようなきっかけだったのでしょうか。

勝本氏 
最初は信用金庫にいましたが、当時の信用金庫の仕事が僕には全く面白くなかったんです。30年以上前ですから、今とは金融業界も全然違います。
当時は金利も今とは桁が違い、大口定期で8%前後という時代でした。融資金利も当然高かった。

僕が担当していた地域では、毎日決められたテリトリーを回り、預金と融資の話をする。やれることが限られていたんです。
街の商店の方と話をして、資金が入れば預金してもらう。そういった古き良き信用金庫の世界でしたが、僕には物足りなかった。

そんな時に、友人が保険会社にいて話を聞いたんです。僕はもともと保険が好きだったわけではありません。
でも、話を聞いてみると、単なるパッケージ商品を売るのではなく、その人に合わせて商品を組み合わせて提案できる。今で言えばコンサルティング的な要素ですよね。
それなら面白いかもしれないと思いました。
同じ「金融」でも、預金や融資とは違って、相手によって答えが変わる。そこに初めて仕事としての面白さを感じました。

田代 
保険そのものより、顧客によって提案を変えられるところに惹かれた。

勝本氏 
そうですね。
昔の保険販売は、極端に言えば「とにかく保険一本入っておきなさいよ」という世界でした。
保障内容がその人に合っているかどうかより、まず入ってもらう。僕はそこが嫌だったんです。

でも、いろいろな商品を組み合わせて、その人に合ったものを作れるのであれば、お客様にも納得してもらえる。義理や人情、プレゼントではなく、ちゃんと保険を考えて「こういう形で加入した方がいい」と合理的に説明できる。そこには可能性を感じました。
少しでもそう変えていけるのであれば、それはいいんじゃないかと思ったんです。

田代 
保険会社では、代理店の管理や育成を担当されていたんですよね。

勝本氏 
そうです。
代理店を管理したり、育成したり、販売のアドバイスをしたりする仕事でした。
ただ、当時は一社専属販売でしたし、家族や友人から契約を取るような文化も強かった。

代理店の人に一生懸命教えたからといって、その人たちがどんどん保険を取ってこられるかというと、必ずしもそうではない。
それでだんだん、「人に保険を売ってもらうくらいなら、自分たちで売った方が早いんじゃないか」と考えるようになったんです。

田代
そこで独立されたんですね。

勝本氏
そうです。
最初は、富裕層や法人向けのコンサルティングを始めました。
バブル崩壊後、富裕層や法人向けの案件が減っていく一方で、保険業法改正によって一つの代理店が複数の保険会社の商品を扱える環境が整っていった。だったら、もっと大きな個人のマーケットに向けて情報を提供できないか。
そこから行き着いたのが保険ショップです。

「全然来ませんでした(笑)」――空中店舗からのスタート

田代 
保険クリニックの第1号店は1999年、文京区本郷でした。なぜ本郷だったのでしょう。

勝本氏 
特別な縁があったわけではないんです。
茅場町など何カ所か候補を見ました。
若いお母さんがベビーカーでも来やすいことを考えて、駅から近い場所を探していました。ようやく見つけた場所が本郷でした。

当時はまだ大江戸線も開通していませんでしたし、空中店舗だったので、家賃も比較的安かったんです。

田代 
そもそもなぜ「ショップ」だったのですか。

勝本氏 
個人のお客様にきちんと情報を提供するサービスをやりたかったんです。
当時の保険は、基本的に売り手がお客様のところへ行くものでした。
でも、それだとどうしても売り手側から商品を勧める形になります。

そうではなく、お客様自身が保険について知りたい、相談したいと思った時に来てもらえる場所を作りたかった。保険ショップを作って、個人のお客様にサービスを提供しよう。
それがアイリックを立ち上げた理由です。

田代 
開店時のお客さんの入りはどうでしたか。

勝本氏 
全然来ませんでしたね(笑)。
店を作っただけでは誰も来ない。それで「リビング新聞」という地域ごとに家庭へ配られる情報紙に、小さな広告を毎回出し続けました。
半年くらい続けたんです。

すると6カ月目、7カ月目くらいから少しずつ予約の電話が入るようになりました。
「保険の相談をしたい」というお客様が増えてきた。ようやく認知され始めたわけです。
ところが、お客様が増えると今度は別の問題が起きました。

「分析が追いつかない」――保険IQシステム®誕生へ

田代 
お客様には、どのようなご提案をしていたのですか。

勝本氏 
僕らが最初にやっていたのは、お客様が現在加入している保険を分析することでした。
保険証券を見て、どんな保障になっているのかを可視化してグラフにする。今ではシステムでできますけど、当時はExcelです。
ものすごく時間がかかりました。

予約が月に40人、50人と入るようになると、相談まで1カ月くらい待っていただくこともありました。
そうすると「あの時は見てほしかったけど、もういいや」と、お客様の気持ちも下がってしまう。これではいけない。
それで本格的にシステム化しようと考えました。

田代 
システムはご自身で作られたのですか。

勝本氏 
いいえ。僕の兄がSEだったのですが、ちょうど勤めていたシステム会社を辞めて独立しようと考えていました。
僕が本格的にシステムを作ろうと思ったタイミングと重なったんです。
それなら会社を作る時にアイリックも出資するから、最初の仕事として僕らが必要としているシステムを作ってもらおう、と。
その会社がグループ会社のインフォディオです。兄の勝本伸弘が代表取締役社長を務めています。

2002年に開発を始め、2004年に保険IQシステム®のバージョン1.0が完成しました。
当時は、企業で電子メールが浸透し、ADSLが普及し始めた頃です。現在のようにクラウドサービスが身近ではなかった時代に、保険証券の分析をシステム化しようとした点は、当時としては先進的でしたね。

田代 
将来、このシステムが大きな収益源になると見えていたから作ったのか。それとも、保険業界や販売方法への違和感の方が強かったのでしょうか。

勝本氏 
後者です。
儲かるということは、ほとんど考えていませんでした。
ただ、差別化する要素としては非常に重要だったと思います。

保険ショップを開いても、お客様は簡単には来ない。では、来てもらうためにはどうしたらいいか。そこには大量の情報が必要だと思ったんです。
だからシステムを作りたかった。システムを作ったらすぐ儲かる、という発想ではありませんでした。

田代 
まず「必要だから作る」が先にあったんですね。

勝本氏 
そうですね。
ただ、完成したことでできることは広がりました。
2004年にはフランチャイズ事業を始め、2008年にはAS事業(現ソリューション事業)を立ち上げて、一般の代理店にもシステムを提供するようになりました。